BGM「祈りの終わりに」
『【ウミガメ小説 #3】機械の祈り』のオリジナルBGMです。ぜひ最初に流してからお進みください。
※音が鳴ります
登場人物紹介
ハーフィ(Harfi)
『機械の祈り』の主人公。感情を抑え込まれた青年。
自分の意見をなかなか言えない気弱な性格だが、リアとの出会いをきっかけに、自分の中で眠っていた感情が目覚め始める。
リア(Lia)
ハーフィが変わるきっかけとなるキーパーソン。
突然感情が目覚めたことで、ある強い意志が芽生える。
決断すれば迷わず行動に移すが、実は繊細で傷つきやすい一面も持っている。
ヴァルディス(Valdis)
感情を排除し、メトリクスを支配する冷酷なリーダー。
完璧な管理社会を築いた支配者。
感情を抑え込むことを信念とするが、その裏には、過去に経験したある出来事が影響している。
【第1章】完全管理社会『メトリクス』の誕生
西暦2400年
この世界では、『感情』を持つことが犯罪。それがメトリクスのルールだ。僕はただの労働者、感情を抑え込むことで「平穏」が保たれていると言われるこの社会の一員に過ぎない。
でも、僕の中に芽生えたこの違和感――これがもし『感情』だとしたら?
街は冷たい灰色のビル群に覆われ、どの建物も光を拒絶するかのように黒い窓が並んでいる。住民たちは無表情。彼らは体の半分が機械に置き換えられ、ただ効率的に働くことだけを求められている。僕もその一人だ。感情を持たないことが「正しい」とされているこの世界で。
かつてこの街には感情が溢れていたという。笑顔、涙、喜びや怒り――でも、感情は争いを呼んだ。人々は互いの失敗を攻撃し、自分を守るために他者を傷つけるようになっていった。争いが絶えず、街は廃墟と化した。
そんな中で立ち上がったのがヴァルディス。彼は「感情こそが世界を破滅に導く」と考え、感情を抑制するためにこの完全管理社会『メトリクス』を築き上げた。僕たちは体の半分を機械にされ、感情を持たないようプログラムされている。誰もが厳重に監視されているのだ。
でも、僕には分かる。この社会は平穏とは程遠い。人間らしさを失った僕たちが本当に「生きている」と言えるのだろうか?
【第2章】AIの目覚め
毎日、僕は機械を修理している。手は正確に動いているけど、心の中は空っぽだ。でも、その日は違った。突然、胸の奥で何かが動いた。手を止めて、思わず胸を押さえる。
――なんだ、この感じは?
周りを見渡しても、誰も気づいていない。無表情の住民たちはいつも通り作業を続けている。その感覚は消えず、日に日に大きくなっていった。
それから数日後、機械を修理していると、胸の奥に声が響いた。
(ハーフィ……聞こえるか?)
思わず周りを見回したけど、誰もいない。
(ヴァルディスを倒せ)
ヴァルディスを倒せ……?
手が震え、修理していた部品が床に転がった。拾おうとするが、体がふらつく。体内で何かが変わっていくような、異質な感覚が広がっていく。心臓の鼓動が乱れ、僕の体は不安定になっていた。
【第3章】封印された感情の塔
翌日、作業場で機械を修理していると、ふと視線を感じた。誰も僕に関心を持つはずがない世界で、ただ一人リアだけが僕を見ていた。
リアはそっと近づき、小声で囁く。
「……あなたも感じてるのよね?」
その一言で、胸の鼓動が速くなった。
「感情の塔、知ってる?」
リアがまた小さな声で続ける。
「聞いたことないな……」
「ヴァルディスが作った塔よ。 そこに私たち住民全員の感情が封じられているの。 もし、その塔を壊せば……私たちは感情を取り戻せるかもしれない」
リアの言葉に、胸がドキンと音を立てた。感情を取り戻す?そんなことができるのか?リアの目には強い決意が宿っている。
「今のまま生き続けるなんて、耐えられない……感情を取り戻したいのよ」
リアの震える声に、一瞬言葉を失った。僕は一度リアの目を見たあと、小さくうなずく。このまま生き続けることは、僕にももう耐えられそうにない。
【第4章】運命の決戦
リアと僕は決意を固め、感情の塔へ向かっていた。夜が明ける前、冷たい空気が肌に刺さる。無表情の住民たちの目をかいくぐりながら、僕たちは静かに進んだ。
「感情の塔を壊せば、ヴァルディスの支配は終わる」
リアの言葉に、僕は静かに頷いた。でも、胸の奥で思考が渦巻いていた。感情を取り戻せば本当に救われるのか?それともヴァルディスが言うように、感情は再び混乱を招くだけなのか……?
感情の塔が目の前に現れた瞬間、背後に冷たい気配が迫った。振り返ると、遠くにヴァルディスが立っていた。
「感情はお前たちを破滅に導く。 平穏を手に入れるためには、感情を排除するしかないのだ」
ヴァルディスの声は冷たく、まるで感情を捨てたことを正当化するための呪文のようだった。
「違う! 感情がなければ、生きている意味がないんだ!」
僕は反射的に叫んだ。感情こそが僕たちを動かす原動力だ。それがなければ、ただの機械だ。
「リア、二手に分かれよう。 僕が奴を引きつける。その間に、塔を壊してくれ」
リアは一瞬迷ったが、すぐに強い決意を込めた目で頷いた。僕はヴァルディスに向かって駆け出した。ヴァルディスの手から凍りつくエネルギーが放たれ、地面に叩きつけられた。体が重く、動かせない。全身に痛みが走り、視界がぼやけ始める。
こんなところで……もう終わりなのか……? このままじゃ……リアも……みんなも……
息が苦しい。もう立ち上がれない。その時、胸の奥で再びノクスの声が響いた。
(ハーフィ……起きろ)
「あなたは誰なんだ……?」
(ノクスだ。 私の力は、お前の感情によってのみ解き放たれる。 だが、その代償は――)
ヴァルディスが再び手を上げ、次の攻撃が迫ってくる。
リアや仲間たちが幸せそうに笑っている顔が浮かんでくる。
(感情を解き放て。 それが最後の力だ)
胸に手を当てた瞬間、全身が燃えるように熱くなり、胸の奥でノクスの力と感情の力が完全に融合する。全てが一つになった瞬間、僕の体に溢れた感情が暴走し、体が勝手にヴァルディスに向かって動き出す。
「ハーフィ!!!! やめて、お願い!!!!」
リアの叫び声が遠くで響くが、僕はもう応えることができない。
「うおおおおお!」
ノクスと共に解き放たれた感情の力が僕の体から光のように放たれ、ヴァルディスの体を飲み込んでいった。ヴァルディスは驚いたように目を見開き、その体が黒い影となって崩れ落ちていった。
「……終わったのか……?」
視界が揺らぎ、体が重くなっていく。ノクスの力が僕の体から消え始めるのを感じた。
リアが塔に到達し、全身の感情を装置に叩き込んだ。塔が軋む音を立て崩れ始めるのを見届けると、僕はその場に崩れ落ちた。
「ハーフィ!!」
リアの叫び声が遠くで響く。僕の視界が次第に暗くなっていった。
【第5章】機械の祈り
青い空が、こんなに美しいなんて知らなかった。
私はただ、見上げていた。かつてのメトリクスでは、こんな空は想像もできなかった。今、私たちは自由だ。感情を取り戻し、もう誰も無表情で生きることはない。
でも――
「ありがとう、ハーフィ……」
私はハーフィの手をもう一度握りしめるように、静かにつぶやいた。感情が戻ったこの世界で、私たちはこれからどう生きていくのか。ハーフィの祈りを、私は守り続ける。彼の犠牲が無駄にならないように。
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